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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)4184号 判決

原告

北村末吉

被告

東洋運輸株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自、原告に対し、一二四八万六九八九円及びこれに対する昭和五八年一一月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告に対し、二八五四万六七七八円及びこれに支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一一月一六日午後零時零分頃

(二) 場所 大阪市西淀川区姫島四丁目一〇番一七号先路上

(三) 加害車 大型貨物自動車(泉一一か七八八二)

右運転者 被告滝下文夫(以下「被告滝下」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 被告滝下が加害車を運転して、交通整理の行われていない本件交差点を東から南に左折するにあたり、折から同交差点の南詰を東から西に向い乳母車を押しながら歩行して来た原告に自車前部を衝突させて同人を路上に転倒せしめた。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、加害車を保有し、自己のために進行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告滝下は、前方不注視の過失により本件事故を発生させた。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

両手両前腕挫滅開放粉砕骨折

(2) 治療経過

入院

原告は本件事故により昭和五八年一一月一六日から現在(昭和五九年一一月一三日)まで松本病院に入院中である。

(3) 後遺症

原告は、本件事故により昭和五八年一一月一六日に両前腕の切断手術をうけ、同日両上を腕関節以上で失つたものとして自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表第二級五号の後遺障害を残した(症状固定日昭和五九年四月一一日)

(二) 入院雑費 一六八万二二三二円

原告は昭和五八年一一月一六日以降一生涯入院を余儀なくされるところ、昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日までについては一日一二〇〇円の割合による三二〇日分として三八万四〇〇〇円の入院雑費を要し、昭和五九年一〇月一日から平均余命三・二八年間の入院雑費を要するところ、右将来の入院雑費を算出すると次の算式のとおり一二九万八二三二円となる。

一二〇〇×三六五×二・九六四=一二九万八二三二円(但し二・九六四は三・二八年の新ホフマン係数)

よつて入院雑費は右合計一六八万二二三二円となる。

(三) 休業損害 八七万七三三円

原告は本件事故当時九三才であつたが、健康な男子であり、昭和二九年四月二五日生の孫の訴外北村良一を養つていたもので家事従事者として事故当事一か月一七万六五〇〇円を下らない収入があつた。

ところが、昭和五八年一一月一六日から症状固定した昭和五九年四月一一日まで一四八日間休業を余儀なくされた。よつて、その休業損害を算出すると次の算式のとおり八七万七三三円となる。

一七万六五〇〇円÷三〇×一四八=八七万七三三円

(四) 逸失利益 二一一万八〇〇〇円

原告は昭和五九年四月一一症状固定したが自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表第二級五号該当の認定を受けており労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。

よつて、その逸失利益を算出すると、次の算式のとおり二〇一万六三三六円となる。

一七万六五〇〇×一二×〇・九五二=一万六三三六円

(五)(1) 入院慰謝料 三〇〇万円

原告は両手、両前腕挫滅開放粉砕骨折の傷害を負い、昭和五八年一一月一六日以降現在(昭和五九年一一月一三日)も入院中であり、一生涯、入院を余儀なくされるところから傷害慰謝料としては右金員が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 一四二〇万円

第二級五号の後遺障害慰謝料として右金員が相当である。

(六) 看護料 一二五二万七三三円

原告は一生涯看護を余儀なくされるところ、昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日まで二七六万二三四六円を要し、昭和五九年一〇月一日から平均余命三・二八年間看護料として一日九〇二〇円を要するので、その看護料を算出すると次の算式のとおり九七五万八三七七円となる。

九、〇二〇×三六五×二・九六四=九七五万八三七七円(但し二・九六四は三・二八年の新ホフマン係数)

よつて、看護料は右合計一二五二万七二三円となる。

(七) 入院室料 七六八万三九〇〇円

原告は、一生涯個室に入院を余儀なくされるところ、昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日まで二二七万四六〇〇円の入院室料(電気代、クーラー代等を含む)を要し、昭和五九年一〇月一日より平均余命三・二八年間入院室料として一日五〇〇〇円を要するのでその入院室料を算出すると次の算式のとおり五四〇万九三〇〇円となる。

五〇〇〇円×三六五×二・九六四=五四〇万九三〇〇円(但し、二・九六四は三・二八年の新ホフマン係数)

よつて入院室料は右合計七六八万三九〇〇円となる。

(八) 弁護士費用 一〇〇万円

(九) 右(二)ないし(八)の合計は四二九七万三九二四円となる。

4  損害の填捕

原告は、本件事故の損害賠償金として、自賠責保険より九〇四万円を受領し、被告らから看護料として、昭和五九年九月三〇日までの分二七六万二三四六円、入院室料(電気代、クーラー代等を含む)として、昭和五九年九月三〇日までの分二二七万四六〇〇円、雑費として三五万〇二〇〇円、以上合計一四四二万七一四六円の支払を受けた。

5  本訴請求

よつて、原告は被告らに対し、各自前記3、(九)の損害金合計四二九七万三九二四円から4の填捕分一四四二万七一四六円を控除した二八五四万六七七八円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五八年一一月一七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1、2項の事実はいずれも認める。

2(一)  同第3項(一)の事実はすべて認める。

(二)  同(二)の事実のうち、原告が昭和五八年一一月一六日から現在(昭和五九年一一月一三日)まで入院していること、原告の平均余命は三・二八年であることは認め、その余は争う。

原告の主張する一日一二〇〇円とする根拠が明確でないし(大阪地方裁判所の基準によれば一日当り一一〇〇円とされている)、入院期間が長期にわたる場合は、逓減すべきである。さらに、将来の入院雑費についての請求が認められるべきかについても疑問がある。

(三)  同(三)、(四)の事実のうち、原告が本件事故当時九三歳であつたこと、原告の後遺症は、後遺障害別等級表第二級五号の認定を受け、昭和五九年四月一一日症状が固定していることは認め、その余の事実は否認する。

原告は、後述するように、既に老人性痴呆の状況にあつたものと思われ、労働能力が存在したとは考えられない。したがつて、原告主張の休業損害及び逸失利益は存在しない。

(四)  同(五)の主張は争う。

(1) 原告は、現在も入院中であることを強調するが、傷害慰謝料については、症状固定(昭和五九年四月一一日)までを評価の対象とすべきである。したがつて、慰謝料としては大阪地方裁判所の基準に従い多く見積つても、一六〇万円で充分である。

(2) 原告は、後遺障害別等級表第二級の認定を受けており、一般的な基準に従えば、その慰謝料は一四二〇万円~一七七六万円で、可成り高額とされている。これは将来においても回復が困難と見込まれる精神的又は身体的な毀損状態が長期間継続することの精神的苦痛の大きさを慮つてのことであろう。しかるに原告は、平均余命三、二八年であり、右の一般的な基準をそのままあてはめてよいものか大いに疑問がある。死亡した場合の慰謝料が、本人、近親者分を含めても一一〇〇万円とされていることとの均衡からも、本件の場合は相当減額されてしかるべきであろう。

(五)  同(六)の事実のうち、原告が昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日までの看護料として二七六万二三四六円を要したことは認め、その余の事実は否認する。

原告の請求する一日当り九〇二〇円の看護料は職業的付添人の一日当たりの実費であるが、原告に全く親類が存在しないのならともかく、湯川昇氏をはじめ原告を看護できる十分な能力を有する親族が多数存在するのである。その親族らは、損害賠償の請求にのみ熱心で、原告の看護は全く顧みることなく、職業的付添人に委せきりである。このような状況下で被告らが原告の職業的付添人の看護料を全額負担しなければならないとするのは、不合理である。したがつて、看護料としては、家族の付添費に準じて一日当たり三〇〇〇円までで充分である。

(六)  同(七)の事実のうち、原告が昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日までの入院室料(電気代、クーラー代等を含む)として二二七万四六〇〇円を要したことは認め、その余の事実は否認する。

松本直彦医師によれば、両前腕切断及び骨盤骨折だけであれば、付添看護は必要であるものの、個室における入院継続までは必要ないが、原告が老人性痴呆を伴うため個室での看護が必要だとされている。ところで、老人性痴呆とは、脳の老人性退行変化のためにおこる精神障害であり、その原因としては、脳動脈の硬化、脳細胞の萎縮、脳血量の減少等があげられているが、脳動脈の硬化をはじめとする脳の退行変化は、交通事故のような突発的な事故が原因で生じるとは考えにくく、年齢とともに徐々に進行するものと見るのが一般社会通念に合致する。そして、原告が既に九三歳という高齢であつて、男性の平均寿命をはるかに上回つていること、事故直前の状況が乳母車を杖がわりにしなければ歩行困難であつて、その歩行速度も通常人よりもはるかに遅いこと等から勘案すると、原告は事故以前から老人性痴呆の傾向にあつたと容易に推測できる。仮りに、原告の老人性痴呆症が本件交通事故と若干の因果関係を有しているとしても、昭和五九年六月一日以降の原告の入院室料は、一日当たり五〇〇〇円に減額されているのであり、将来この入院室料が一日当たり五〇〇〇円からさらに逓減されるべきである。

(七)  同(八)の事実は不知。

(八)  同(九)の主張は争う。

3  請求原因第4項の事実は認める。

4  同第5項の主張は争う。

三  被告らの主張

(過失相殺)

原告には横断歩道外を加害車に対して何ら注意を払わずに同車の直前に於て横断した過失があり、この過失割合は低く見積つても四割を下らないから、損害賠償の算定にあたり過失相殺されるべきである。

四  被告らの主張に対する認定

右主張は争う。

原告は、正常に横断歩行し異常な行動をなしていないこと等から考えて本件事故の原因は被告滝下の全面的過失によるものであり、原告には過失はないから過失相殺すべきではない。

第三証拠

本件記録中の証書目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生と責任原因

請求原因第1、2項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

したがつて、被告会社は自賠法三条により、被告滝下は民法七〇九条により、それぞれ本件事故によつて原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

二  損害

1  受傷、治療経過等

請求原因第3項(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  入院雑費 一五四万二〇四六円

請求原因第3項(二)の事実のうち、原告が昭和五八年一一月一六日から現在(昭和五九年一一月一三日)まで入院していることは当事者間に争いがなく、右入院期間のうち昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日までの三二〇日間は一日一一〇〇円の割合による合計三五万二〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができ、また、原告が本件事故の後遺症のため、今後も一生涯入院生活を余儀なくされることは後記認定のとおりであり、原告の平均余命は三・二八年であることは当事者間に争いがないから、原告の昭和五九年一〇月一日以降の入院雑費を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり一一九万〇〇四六円となる。

(算式)

一一〇〇円×三六五×二・九六四=一一九万〇〇四六円

したがつて原告の入院雑費は、合計一五四万二〇四六円となり、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

3  休業損害 二四万六六六七円

原告が本件事故当時九三歳であつたこと、原告の後遺症は昭和五九年四月一一日固定したこと、原告が本件事故の日である昭和五八年一一月一六日から症状固定の日である昭和五九年四月一一日までの一四八日間入院していたことはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二、三号証、乙第一号証の四、原告主張のとおりの写真であることに争いのない検甲第四号証、証人湯川昇の証言及び弁論の全趣旨並びに経験則によれば、原告は、明治二三年三月二四日生の男子で、本件事故当時、両親を亡くしていた孫である北村良一(昭和二九年四月二五日生)と同居していたが、同人は自閉症のため職にもついておらず、食事の準備もしないために、原告が同人の面倒をみながら炊事、洗濯、掃除などの日常の家事をしており、本件事故前は通常の対話も出来いわゆる老人ぼけはなく健康であり、老齢年金(月二万五〇〇〇円)と家賃(四万二〇〇〇円)などによつて生活をしていたことが認められる。

被告らは、本件事故前から原告は老人性痴呆の傾向にあつた旨主張し、成立に争いのない甲第五号証には、原告は、老人性痴呆を伴つている旨の記載が存するけれども、これは、本件事故(昭和五八年一一月一六日)の後である昭和五九年九月三日現在における原告の症状を記載したものであつて、本件事故前の症状ではないことは同号証の記載自体から明らかであり、前記湯川昇の証言内容に照らすと、右記載をもつて直ちに原告が本件事故前から老人性痴呆の傾向にあつたものとは推認し難く、また成立に争いのない乙第一号証の六の「原告は普通の人の何倍もおそい歩き方で乳母車を杖がわりに歩いている様な感じでした」との記載によつても前記認定を左右するに足りない。他に右認定をくつがえすに足りる的確な証拠はない。

右認定の原告の年齢、性別、健康状態、家族関係、家事労働の内容等に照らすと、原告の右家事労働による財産的収入は月五万円(年六〇万円)程度と認めるのが相当である。

そうすると、原告の本件事故による休業損害を算定すると、次のとおり二四万六六六七円となる。

(算定)

五万円÷三〇×一四八日=二四万六六六七円

4  逸失利益 五七万一二〇〇円

自動車損害賠償責任保険上、原告の後遺症が自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表第二級五号該当の認定を受けていることは当事者間に争いがなく弁論の全趣旨及び前記認定の原告の年齢受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、症状固定の後である昭和五九年一〇月一日から少くとも一年間、その労働能力(家事労働能力)を一〇〇パーセント喪失したものと認められるから原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり五七万一二〇〇円となる。

(算式)

五万円×一二×〇・九五二=五七万一二〇〇円

5  慰謝料 一五八〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告の年齢、親族関係、その他本件に現れた諸般の事情を考えあわせると、原告の慰謝料額は、入院慰謝料一六〇万円、後遺症、慰謝料一四二〇万円合計一五八〇万円と認めるのが相当である。

6  看護料 六五四万八八五六万円

原告が昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日までの看護料として二七六万二三四六円を要したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二号証、甲第五号証、甲第七号証、原告主張のとおりの写真であることに争いのない検甲第一ないし第三号証、証人湯川昇の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は両前腕切断及び骨盤骨折のため今後も引続いて死亡に至るまで入院生活を余儀なくされ、一生涯付添看護を要し、老人性痴呆を伴うため個室での看護人あるいは近親者による付添看護が必要であること、原告の妻北村シナは昭和五六年一二月二六日死亡しているが、原告には、現在長女湯川皆子(五六歳)が大阪市東住吉区に居住しており、同人は夫湯川昇(六八歳)と長男恭(三六歳)、長女和子(三三歳)と同居していること、原告の二男北村明義(五一歳)は千葉県松戸市に居住し学校の教師をしていることが認められるところ、前記認定の原告の後遺症の内容、付添看護を要する程度に、右認定の事実及び経験則を併せ考えると、原告の昭和五九年一〇月一日から原告の平均余命三・二八年間の付添看護料は一日当り少くとも三五〇〇円は要するものと認めるのが相当である。

そうすると、原告の右期間の付添看護料を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり三七八万六五一〇円となる。

(算定)

三五〇〇円×三六五日×二・九六四=三七八万六五一〇円

したがつて、原告の看護料は合計六五四万八八五六円となる。

7  入院室料 七六八万三九〇〇円

原告が昭和五八年一一月一六日から昭和五九年九月三〇日までの入院室料(電気代、クーラー代等を含む)として二二七万四六〇〇円を要したことは当事者間に争いがない。

原告が生涯個室に入院を余儀なくされることは前記認定のとおりであり、成立に争いのない乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和五九年六月一日以降の原告の入院室料は一日当り五〇〇〇円であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、原告の昭和五九年一〇月一日から平均余命三・二八年間の入院室料を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり五四〇万九三〇〇円となる。

(算式)

五〇〇〇円×三六五日×二・九六四=五四〇万九三〇〇円

したがつて、原告の入院室料は合計七六八万三九〇〇円となる。

三  過失相殺

1  前記一認定の事実(本件事故の態様)に、成立に争いのない乙第一号証の二ないし六及び弁論の全趣旨によれば、本件事故現場は東から西に通じる幅員約七メートルの平たんなアスフアルト舗装道路(以下「東西道路」という。)と南から北に通じる幅員約六メートルの平たんなアスフアルト舗装道路(以下「南北道路」という。)が十字型に交差する本件交差点内の南側であること、本件交差点の東側の東西道路は、二車線になつていて交差点の手前には一時停止の道路標識が設置され、同道路上には白線で停止線が引かれており、本件交差点の西側の東西道路の南側の端には車両進入禁止の道路標識が設置され、交通を規制する信号機は設置されていないこと、東西道路の東側から西に向かつて左側の見通しは悪い状況にあること、被告滝下は本件事故当時、加害車を運転し東西道路を東から西に向つて進行し、本件交差点の平前約七・九メートルの地点で減速し、約一八・五メートル西進した地点(本件交差点の西側地点)で直進車両進入禁止の道路標識を見て停止し、その後東側に約一〇・六メートル後退して一時停止をした後に左折を開始したが、その際、道路標識をさがすことなどに気をとられ、左側の安全を十分に確認しないまま時速約一〇キロメートルで左折進行し、約八メートル進行した地点で、本件交差点南詰を東から西に向い、右側の安全を十分に確認しないまま乳母車を押しながら、ゆつくりと歩行して来た原告に加害車の前部を衝突させて原告を路上に転倒せしめたこと、以上の各事実を認めることができ、右認定に反するかの如き証人湯川昇の証言は前掲各証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、本件事故の発生については、原告にも本件交差点南詰を東から西に向い乳母車を押しながら横断するに際し、加害車との安全を十分に確認しなかつた過失が認められるところ、前記認定の被告滝下の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の二割を減ずるのが相当と認められる。

そして過失相殺の対象となる損害額は、前記二の2ないし7記載の損害額合計三二三九万二六六九円であるからこれから二割を控除して過失相殺後の原告の損害額を算出すると、二五九一万四一三五円となる。

四  損害の填捕

請求原因第4項の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、原告の前記損害額二五九一万四一三五円から右填捕分一四四二万七一四六円を差引くと、原告の残損害額は一一四八万六九八九円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一〇〇万円とするのが相当であると認められる。

六  よつて被告らは各自、原告に対し一二四八万六九八九円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五八年一一月一七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で理由があるので正当としてこれを認容し、その余の請求は理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 喜如嘉貢)

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